大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和36年(オ)299号 判決 1961年10月12日

上告人 根本孝三

被上告人 千葉地方法務局長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

しかし、上告人(控訴人、原告)の原審における事実上の主張は、第一審判決の事実摘示と同一であることが記録上明らかであつて、原判決理由は、第一審判決の理由と同一であること判文上明白であるから、原判決には所論の判断遺脱は認められない。されば、所論違憲の主張もその前提を欠き採ることができない。

同第二点ないし第五点について、

しかし、原判決(およびその是認引用にかかる第一審判決)は、供託官吏は供託書につきそれが供託法二条所定の要件を具備しているかどうか等いわゆる形式的要件についての審査をすれば足り、それ以上に供託の原因たる契約の存否、効力の有無等についての実質的審査権限を有するものでなく、さらに、住所の誤記等については後日これを訂正することも可能であつて、その誤記があつても供託受理行為の無効又は取消原因とならない旨判断している。そしてその判断は当裁判所もこれを正当として是認する。されば、原判決には、所論の法律解釈を誤つた違法はなく、所論引用の判例は本件に適切でない。所論違憲の主張は、原判示に副わない独自の見解に基くものであつて採ることができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤悠輔 入江俊郎 下飯坂潤夫 高木常七)

上告人の上告理由

第一点

東京高等裁判所第一民事部はその判決(第九号証)に於いて、上告人の控訴不服理由(第六号証)について何等の判断を示さない。

『当裁判所は控訴人の本訴請求を失当と認めるものであつて、その理由は原判決の、それと同様であるから、ここに原判決の理由を引用する』(第九号証)と判示した。

原判決(第一審判決)(第五号証)の理由には判示されていないから不服で控訴手続に及んだものである。

しかるに『ここに原判決の理由を引用する』と判示したのは実質的には控訴判決にもその判断を欠いたものである。

右は裁判所法第一六条一号に定める地方裁判所第一審判決に対する控訴の裁判権を行使したるものではない。よつて本控訴裁判所である東京高等裁判所民事部第一部は控訴手続に対して、実質上裁判上を拒否したか、怠つたか何れにするも司法拒絶禁止と等しい結果を招来したるもので、日本国憲法第三二条に背反したる違憲の裁判である。

第二点

第一審及び第二審裁判所は『そもそも供託とは債権者が弁済の受領を拒み、又はこれを受領することができないとき等に弁済者を保護するため債権者に代つて供託所がその寄託を受け、それが実体上有効な場合にそれにより弁済者にその債務を免れさせるという効果を生ずるだけのものであつて』(第五号証)判示のように本件の具体事件及一般的にも債務者である弁済者を保護するために本件供託受理行為を適法且有効なる行政行為と判断することは信義誠実を欠いた債務者である弁済者をも保護する結果を来し正当なる債権者である請求権の満足を享受することを阻害するものであつて、供託法第九条に定める所謂無権利者への供託を生じ不合理な差別的取扱は債権者と債務者とは平等であるべき『法の下に於ける平等』の憲法第十四条の趣旨に背反するものである。

第三点

第一審及び第二審判決によれば供託受理行為は『供託原因たる契約乃至それを変更する契約が実体上存在しないか或は無効のときまで弁済者に弁済の効果を与えるものではないことについて詳言を要しない』(第五号証)

供託法第九条は『供託者ガ供託物ヲ受取ル権利ヲ有セサル者ヲ指定シタルトキハ其供託ハ無効トス』との実体規定の趣旨より判断すれば供託受理の場合は『供託原因たる契約乃至それを変更する契約が、実体上存在しないか或は無効のときまで、弁済者に弁済の効果を与える』(第五号証、第九号証)ものであるかについて実体上の判断を経てから初めて『無権利者への供託』であるか否か進んでは有効か無効かの結論を生むのが理である。

要するに右判決は行政機関及び裁判所が供託法第九条の実体規定無視の供託受理行為及裁判が適法且有効であると主張するものであるから、供託法に違反する行政行為であり、並に裁判である。よつて違法且無効である。

かくて日本国憲法第十二条による権利保持の義務を果すことを不能にする違憲の行政行為であり、裁判である。

第四点

決定書(第三号証)は『供託を受理するに当つての審査の範囲はいわゆる供託要件の形式的審査のみに止り、実質的供託要件については供託書の記載につき形式的審査をなすにすぎない、形式的供託要件は制度運営上供託所の側に認められた要件であるからこれについては実質的審査をなし制度運営の適正を図る必要があるに対し、実質的供託要件は当事者の側に認められる必要乃至利益にほかならないから供託手続上は一応これを当事者の主観に委ねて、供託所は形式的審査をなすにとどめ、実質的審査を裁判上の判断に譲つたのである。

実質的審査をなすには供託の基礎たる当事者の実体的法律関係の実質に立入つて調査しなければならないので供託所の職務としては適当でないからである』と判断し『供託官吏としては供託をしようとする者がある場合には例えば供託書に供託法第二条第二項の定める事項がもれなくかつ明白に記載されてあるかどうか等のいわゆる形式的供託要件についての審査をすれば足り、それ以上に供託の原因たる契約の存否、効力の有無等について審査することは必要でないというよりかこれをなす権限を有しないものであつて、その審査は挙げて裁判所の判断にまかされているものである(もちろん裁判所の判断とは供託の原因たる契約の当事者間等における実体関係についての民事訴訟においてのものであつて供託官吏の処分を不当とする行政訴訟においてのものでないことはもちろんである)』(第五号証、第九号証)と判示した。右決定書、第一審及第二審判決書は供託受理については形式的供託要件審査のみで実質的供託要件審査即ち供託原因である契約の存否効力の有無等の実体関係について審査することは必要でなくこれをなす権限を有しないと主張するが、右については供託法第九条の規定によれば無権利者への供託は無効とする趣旨からすれば、供託官吏は実質的供託要件審査権限を有し、且つ実質的供託要件審査の必要がある。この必要要件の審査を欠いたのは明白且重大なる瑕疵ある行政行為並に裁判行為であるから違法且無効である。

供託官吏、第一審裁判所、及第二審裁判所が当然適用すべき法律を適用しないで、本件供託受理行為を相当であると判示したのは日本国憲法第十三条の規定する、すべて個人として尊重されるべき保障宣言並に同第参弐条に規定する裁判を受ける権利を実質上奪つたものであるから違憲である。

猶日本国憲法第七六条第三項による『この憲法及法律にのみ拘束される』という憲法及法律に背反したる違憲の行政行為であり裁判である。

第五点

『供託法により行政権の主体に優越的地位を認められた供託についての行政行為は法の中に化体された国家目的の具体的実現であるから、従つてこの行政行為が法の具体化であり執行である。

よつて行政行為は法適合性の特質を有するものである』

『行政行為はその成立に明白且重大な瑕疵があり、絶対に無効と認められる場合の外は、一般に拘束力を有し、相手方はもちろん行政庁も、これを有効なものとして尊重しなければならない。これを行政行為の拘束力という。

この行政行為の拘束力は瑕疵ある行政行為についてもその絶対に無効と認められる例外の場合を除いて、一般に認められる、すなわち、一旦行政行為が行政庁の一般的権限に基いてなされたときは、一応行政行為の要件を具備した適法の行為であるという推定を受け、権限ある行政庁の職権による取消がなされるか、一定の争訟手続によつて争われた結果、行政庁又は裁判所による取消がなされるまでは、その行政行為は、相手方はもちろん行政庁その他第三者をも拘束する力を有するものとされる。

瑕疵ある行政行為も原則として瑕疵ある故をもつて直ちに、その効力を否定されることなく、その取消のあるまでは、有効な行政行為として尊重されねばならないことは学説及判例の一般に承認するところとなつている。わが国では行政行為のこの効力を公定力と呼び、行政行為のもつこういう性質を指して公定性といつている』

1 田中二郎著 行政法総論 P二七四

2 杉村章三郎著 行政行為に対する適法性の推定 自治研究第一七巻第一〇号

3 田上穰治著 行政行為の公定力 自治研究第二五巻第七号

4 美濃部達吉著 日本行政法上巻 P二五八

5 大判 大正六年一〇月一二日 民録二三輯 P一三九五

6 大判 大正八年二月七日 民録二五輯 P九四

7 大判 大正八年八月二五日 民録二五輯 P一四二五

『形式的供託要件について審査をすれば足り(中略)その審査は挙げて裁判所の判断にまかせているので供託官吏の処分を不当とする行政訴訟においてのものでないことはもちろんである』(第五、九号証)と判示したのは行政行為について前記法適合性及公定力を承認したるものと解する。

公定力を有する法律的行政行為としての供託受理行為の性質は上告人及訴外(第五号証)のためにその法律行為を補充し、その効力を完成せしめる補充行為、更に、準法律的行政行為である供託の法律事実又は法律関係の存在を公証する公証行為、及び、供託行為を有効な行為として受領する受理行為は適法性及公定力により本訴訟関係者、他の行政機関及裁判所は拘束され且尊重義務を負うものである。

加うるに供託法第九条の実体規定により明白である。しかるに前述の供託受理行政行為の結果は、上告人と訴外(第五号証)との間に賃貸借契約の成立を適法なるものと推定せしめるところの公定力を有するものであることは論理の必然である。

前記決定書(第三号証)判決書(第五号証、第九号証)は供託受理行為について形式的供託要件審査のみで足り実質的供託要件を審査することは必要でないというよりか、これをなす権限を有せないと判示したのは右決定書、判決自体に矛盾があるのみではなく、前掲大審院判決例に相違するものであることは明白である。

一、添付書類

一、供託書(写)      第一号証

二、異議申立書(〃)    第二号証

三、決定書(〃)      第三号証

四、訴状(〃)       第四号証

五、判決書(〃)      第五号証

六、控訴状(〃)      第六号証

七、控訴趣旨訂正申立書(〃)第七号証

八、供託通知書(〃)    第八号証

九、判決書(〃)      第九号証

添付書類<省略>

以上

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